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東京高等裁判所 平成10年(ネ)4248号 判決

控訴人(原審甲事件被告・乙事件原告) 株式会社丸井

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 阿部芳久

被控訴人(原審甲事件原告・乙事件被告) 株式会社協和地所

右代表者代表取締役 B

右訴訟代理人弁護士 松島洋

同 松村眞理子

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  控訴人が被控訴人から賃借している原判決別紙物件目録〈省略〉の建物部分(以下、これを「本件建物部分」といい、これを一部とする一棟の建物を「本件建物」という。)の賃料は平成八年四月一日から一か月金二三九万六三〇〇円(特別賃料を除く。消費税は別途加算)であることを確認する。

第二事案の概要

一  被控訴人を賃貸人、控訴人を賃借人とする本件建物部分の賃貸借契約(本件賃貸借契約)には、賃料を賃貸借契約の日から三年ごとに一五パーセント増額する旨の特約(本件賃料自動改定特約)があり、賃料は右特約に従って平成三年四月一九日から月額三三〇万六二五〇円(内三九万六七五〇円は特別賃料)に増額されていたところ、本件において、被控訴人は、賃料が右特約に従って平成六年四月一九日から月額三八〇万二一八八円(内四五万六二六三円は特別賃料)に、平成九年四月一九日から月額四三七万二五一六円(内五二万四七〇二円は特別賃料)にそれぞれ増額されたとして、各賃料額の確認を求め(原審甲事件)、これに対し、控訴人は、右特約は事情変更の原則により失効したとして、右各増額を争う(ただし、特別賃料については三年ごとに一五パーセント増額されることを争わない。)とともに、平成八年三月一一日に控訴人がした賃料減額の意思表示により、同年四月一日から月額二三九万六三〇〇円(特別賃料を除く。)に減額されたとして、その賃料額の確認を求めている(原審乙事件)。

二  前提となる事実、争点及び当事者の主張は、以下のとおり付加、訂正をし、次項のとおり当審における当事者の主張を加えるほかは、原判決「事実及び理由」欄中「第二 事案の概要」の一ないし四に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決四頁七行目の「一八日」の下に「、本件建物部分について」を加え、七頁二行目の次に行を改めて次のように加える。

「(四) 造作・広告・看板

控訴人は、営業に必要な内装造作・広告・看板(袖看板・懸垂幕を含む。)を本件建物部分に無償で設置することができる。」

2  原判決七頁六行目の「二八七万五〇〇〇円」の下に「(内三四万五〇〇〇円が特別賃料)」を、同七行目の「三三〇万六二五〇円」の下に「(内三九万六七五〇円が特別賃料)」をそれぞれ加え、同九行目の「本件建物」を「本件建物部分」に、同一〇行目の「争っている」を「争っており、ただし、特別賃料が三年ごとに一五パーセント増額されることについては争っていない」にそれぞれ改める。

3  原判決七頁一〇行目の次に行を改めて次のように加える。

「5 控訴人は、被控訴人に対し、平成八年三月一一日到達の書面で、本件建物部分の賃料(特別賃料を除く。)を月額二三四万四一〇三円に減額する旨の意思表示をした(争いがない。)。」

三  当審における当事者の主張

1  控訴人

(一) 争点1について

本件建物部分の賃料(特別賃料を除く。)は平成三年四月一九日から月額二九〇万九五〇〇円(控訴人が被控訴人に差し入れた敷金と保証金の運用益を加算した実質賃料は四五二万一八〇〇円)に増額されていたところ、本件賃料自動改定特約の適用がないとした場合の本件建物部分の相当賃料(月額)は、本件鑑定のとおり、平成六年四月一九日時点で二六七万六六〇〇円(実質賃料は四二八万八九〇〇円)、平成八年四月一九日時点で二三九万六三〇〇円(実質賃料は四〇〇万八六〇〇円)、平成九年四月一九日時点で二二八万〇九〇〇円(実質賃料は三八九万三二〇〇円)である。なお、仮に、本件鑑定に原判決の指摘するような問題点があって、原判決のいうように、一時金の運用利回りは昭和六〇年から平成四年までは年七・五パーセント、平成五年以降は年四・五パーセントとして計算するのが相当であり、かつ、スライド法、差額配分法、利回り法及び賃貸事例比較法を六・二・一・一の割合で考慮するのが相当であるとして、これらに従って計算し直したとしても、右相当賃料は平成六年四月一九日時点で二八四万八六〇〇円、平成八年四月一日時点で二八一万八〇〇〇円、平成九年四月一九日時点で二八六万七六〇〇円となる。

右によれば、本件賃料自動改定特約は、事情変更の原則により、遅くとも平成六年四月一九日までには失効したものというべきである。

(二) 争点2について

仮に、本件賃料自動改定特約が有効に存続しており、これが減額請求をしない旨の特約を含むものとしても、右特約部分は借地借家法三二条一項(旧借家法七条一項)に違反して無効であるから、賃借人である控訴人からする賃料減額請求権の行使が妨げられるものではない。そして、平成八年四月時点において本件建物部分の賃料は高額にすぎて不相当になっていたのであるから、控訴人のした賃料減額請求の意思表示により、右賃料は、同年四月一日から月額二三九万六三〇〇円(特別賃料を除く。)となり、平成九年四月一九日の改定賃料は、右金額に対して一五パーセント増額した金額に止まることになる。

2  被控訴人

(一) 争点1について

本件賃料自動改定特約を失効させるべき事情の変更はない。

(二) 争点2について

本件賃料自動改定特約は減額請求をしない旨の合意をも含むものであり、本件のような賃貸借契約においては、右のような合意も、借地借家法三二条一項(旧借家法七条一項)に違反せず有効である。

仮に右合意が無効であって減額請求権の行使が妨げられないとしても、平成八年四月時点において本件建物部分の賃料が高額にすぎて不相当になっていたとはいえない。

第三当裁判所の判断

一  本件賃貸借契約が締結されるに至った経緯等については、以下のとおり付加、訂正をするほかは、原判決「事実及び理由」欄中「第三 争点に対する判断」の一に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一四頁二行目の「百貨小売業等を業とする」を「東京を中心に駅前等に大規模な店舗を構えて百貨小売業を営んでいる資本金約三六〇億円の大規模な」に改め、同一〇行目の「被告所有の建物」の下に「(被控訴人以外の敷地提供者と控訴人との共有になっており、正確には「控訴人が共有持分を有する建物」。以下同じ。)」を加え、同一〇行目から一一行目にかけての「間仕切りが設けられていない」を「間仕切りが設けられておらず、利用上も一体の建物として利用されている」に改める。

2  原判決一五頁六行目の次に行を改めて次のように加える。

「5 本件賃貸借契約には賃貸借の期間は昭和六〇年四月一九日から向こう二〇年間とし、債務不履行による契約解除を除き、契約期間中、中途解約はできないものとする旨の定めがある。」

3  原判決一五頁七行目の「5」を「6」に、同一〇行目の「6」を「7」にそれぞれ改める。

二  争点1について

1  前記前提となる事実及び右一の事実によれば、控訴人は、東京を中心に駅前等に大規模な店舗を構えて百貨小売業を営んでいる資本金約三六〇億円の大規模な株式会社であり、JR山手線渋谷駅近くの繁華街において、その所有(共有)する建物及びこれと外観上一体となっている被控訴人所有の本件建物部分を一体として使用して、百貨小売業の大規模店舗(控訴人渋谷店本館)を経営しているが、右渋谷店本館ビルの建築に当たり、他の敷地提供者が建物の共有持分を取得して控訴人とこれを共有する途を選択したのに対し、被控訴人は、一応独立した建物である本件建物の所有権を取得して、その一部である本件建物部分を控訴人に賃貸することとしたけれども、控訴人所有の建物と本件建物部分との間には間仕切りが設けられておらず、被控訴人が本件建物部分を控訴人以外の者に使用させることは事実上不可能な構造になっているし、控訴人は営業に必要な内部造作・広告・看板(袖看板・懸垂幕を含む。)を本件建物部分に無償で設置することができるものとされ、実質的には控訴人側の外装に三階から九階までを合わせる承諾料として五〇〇〇万円もの別途協力金が授受されていることなどからすると、本件建物部分は、実質的に右渋谷店本館ビルの一部として相当長期にわたり控訴人の使用に供されることが予定されているものとみることができる。そして、本件賃貸借の期間は二〇年間という長期に設定され、その契約期間中は、債務不履行による解除を除き、中途解約ができないものとされており、期間中は本件賃料自動改定特約に基づき賃料が増額される反面、更新料の支払等の問題が生じることがなく、約二億九二三一万円の保証金が、一一年目から期間満了までの一〇年間、毎年一〇分の一ずつ残額に年二パーセントの利息を付して返還されることになっている。

そして、以上の事実関係に前記証拠を併せると、本件賃貸借契約が成立するに至るまでには、建物建築工事と並行して、控訴人、被控訴人間で一〇〇回以上にわたる交渉が行われた上、仮処分等の裁判手続に持ち込まれ、双方に弁護士である代理人が付いて慎重に交渉が行われた結果、裁判上の和解が成立し、その和解に基づいて本件賃貸借契約が締結されたことが認められる。

右によれば、控訴人と被控訴人は、本件賃貸借契約を締結するに当たり、右のような本件賃貸借契約の特殊性と期間二〇年という長期であることを前提にして、向こう二〇年間の経済事情の変動を考慮に入れつつ、前記保証金が一一年目から毎年一〇分の一ずつ残額に年二パーセントの利息を付して返還されることになること等の他の契約条件を総合勘案して、二〇年の賃貸期間中、賃料の改定をめぐって紛争が生じることがなく、かつ、双方にとって営業の損益に直接結びつく賃料の予測が確実にできるように、賃料を三年ごとに一五パーセント増額するという本件賃料自動改定特約を合意するに至ったものと認められるのであって、甲第三号証及び原審における被控訴人代表者の尋問結果によれば、被控訴人は、二〇年の期間中賃料が三年ごとに一五パーセントという定率で増額されることになったからこそ、前記のような保証金返還約定に応じたのであり、そのことは控訴人も承知していたことが認められる。

そうすると、本件賃料自動改定特約は、十分に合理性があるものであり、もとより有効なものというべきである。

2  控訴人は、本件賃料自動改定特約が、その後、遅くとも平成六年四月一九日までには、事情変更の原則により失効したと主張するので、この点について検討する。

(一) いわゆる事情変更の原則が適用されるためには、①契約の前提となっていた事情がその後著しく変更したこと、②右事情変更が、当事者の予見せず、また予見し得ないものであったこと、③事情変更が当事者の責めに帰すことのできない事由によって生じたものであること、④契約(約定)の文言どおりの拘束力を認めることが信義衡平の原則に反する結果となること等の要件が満たされなければならないところ、控訴人は、右にいう著しい事情の変更として、この間のいわゆるバブル経済の崩壊という事象を挙げる。

(二) なるほど、本件賃貸借契約が締結された昭和六〇年四月から控訴人主張の平成六年四月までの間についてみると、特に大都市(とりわけ商業地)を中心に地価の高騰が始まり、平成二年ころを頂点として平成三年ころから顕著な下落傾向を示すという、いわゆるバブル経済の発生及びその崩壊という事象があったこと(控訴人は、本件賃貸借契約が締結された昭和六〇年四月ころは地価高騰期にあったかのように主張するが、地価の高騰が始まったのは、それよりも後のことである。)、また、大都市の商業地の地価はその後も下落が続き、平成九年の時点では、概ね地価の高騰が始まる前の水準に戻ったこと、これらは公知の事実であり、乙第五号証の一、二の新聞記事等によっても明らかである。

そして、本件鑑定によると、本件建物部分の賃料(特別賃料を除く。)は平成三年四月一九日時点で月額二九〇万九五〇〇円(控訴人が被控訴人に差し入れた前記保証金と敷金の運用益を加算した実質賃料は四五二万一八〇〇円)であるところ、本件賃料自動改定特約の適用がないとした場合の平成六年四月一九日時点における本件建物部分の相当賃料は月額二六七万六六〇〇円(実質賃料は四二八万八九〇〇円)、平成九年四月一九日時点における相当賃料は月額二二八万〇九〇〇円(実質賃料は三八九万三二〇〇円)であるというのである(もっとも、本件鑑定には、控訴人が被控訴人に差し入れた敷金と保証金の運用益の算出方法、その運用利回りの計算方法及び相当賃料の算定方法としての差額配分法、利回り法、スライド法、賃貸事例比較法の考慮割合について、原判決が指摘するような(原判決一八頁三行目から二二頁五行目まで)問題点があり、そのまま採用することはできないというべきであるが、ここではそれをしばらく措く。)。

(三) しかし、右を前提にしても、本件賃貸借契約締結後、特に大都市(とりわけ商業地)を中心に地価が一時的に高騰したが、平成二年ころを頂点として、その後下落し、元に戻ったというにすぎず、本件建物のような大都市商業地にある店舗ビルの賃料水準が、右のような地価の高騰、下落に伴って、上昇、下降の傾向をたどったことは公知の事実であるが、このような事態が本件賃貸借契約を締結した当時の控訴人及び被控訴人にとって全く予見し得ないものであったとまでいうことはできない。

そしてまた、本件賃料自動改定特約が合意されるに至った前記1のような経緯、事情に照らすと、平成六年四月時点あるいは平成九年四月時点で本件賃料自動改定特約の拘束力を認めても、控訴人にとって特に酷であるとはいえず、かえって、右拘束力を認めないとすると、賃料が三年ごとに一五パーセントという定率で増額されることを見込んで、一一年目(平成八年)から保証金を一〇分の一ずつ残額に年二パーセントの利息を付して返還することに同意し、かつ、バブル経済の絶頂期にも一五パーセントを超える増額を要求することができなかった被控訴人にとって酷な面が生じ、契約当事者間の公平が害される結果になる。

したがって、本件賃料自動改定特約が平成六年四月までに事情変更の原則により失効したという控訴人の主張は採用することができず、また、平成九年四月の時点においてもその失効をいうことはできない。

3  以上によれば、本件賃料は、本件賃料自動改定特約に従って、平成六年四月一九日から月額三八〇万二一八八円(内四五万六二六三円は特別賃料)に増額されたというべきである。

三  争点2について

1  本件賃貸借契約に本件賃料自動改定特約が設けられるに至った前記認定のような経緯等に照らすと、右特約には、二〇年の契約期間中、三年の賃料改定期間中に一五パーセントを超えて賃料の増額を相当とする事情が生じた場合にも被控訴人は賃料増額請求権を行使しない代わりに、控訴人は賃料減額請求権を行使しない旨の合意が含まれているものと解するのが相当である。

2  控訴人は、賃料減額請求権不行使の合意は、借地借家法三二条一項(旧借家法七条一項)に違反するが故に無効であるとして、控訴人のした賃料減額請求の効力を認めるべきであると主張している。

そこで、右主張の当否について判断するに、本件鑑定によると、本件賃料自動改定特約の適用がないとした場合の本件建物部分の相当賃料(実質賃料)の額は、控訴人が減額請求をした平成八年四月一日時点では、平成六年四月一九日時点よりも約六・五パーセントの減であるとしている(ちなみに、原判決が本件鑑定についての前記問題点を修正して算出した右各時点の相当賃料(実質賃料)の額も、ほぼ同率の減となっている。)。

しかし、他方、甲第一六号証及び弁論の全趣旨によれば、平成八年の平均全国消費者物価指数は、平成七年を一〇〇とした総合指数で一〇〇・一であり、平成六年の総合指数一〇〇・一と比較しても横ばいの状態であったこと、平成七年を一〇〇とした東京都区部における民営家賃の指数は、平成六年が一〇〇であるのに対し平成八年は九九・六であって、二年間でわずか〇・六パーセントの減でしかない(ちなみに昭和六〇年は八一・一、平成三年は九三・二、平成九年は九九・八である。)こと、本件建物に対する租税(固定資産税、都市計画税)は、平成六年と平成八年とでは同額であることが認められ、右事実と前記二1に判示した本件賃料自動改定特約が設けられるに至った経緯、とりわけ、被控訴人は、賃料が三年ごとに一五パーセントという定率で増額されるからこそ、保証金を一一年目の平成八年から一〇分の一ずつ残額に年二パーセントの利息を付して返還するという約定に応じたのであり、そのことは控訴人も知っていたと認められることに照らすと、本件において、控訴人が、前記減額請求権不行使の合意の無効を主張して平成八年四月の時点で減額請求権の行使をすることは、信義則に反して許されないというべきである。

四  以上によれば、本件賃料は、本件賃料自動改定特約に従い、平成六年四月一九日から月額三八〇万二一八八円(内四五万六二六三円は特別賃料)に、平成九年四月一九日から月額四三七万二五一六円(内五二万四七〇二円は特別賃料)に順次増額されたものというべきである。

五  したがって、被控訴人の請求は理由があり、控訴人の請求は理由がないというべきである。

よって、被控訴人の請求を認容し控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 魚住庸夫 裁判官 小野田禮宏 貝阿彌誠)

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